学生の答えを予測して教案を書く

「教案は教師が教室で話すことをできる限り詳しく書く」というのが、初めて日本語を教える人に対する養成講座での指導です。そして、その指導の通り細かい教案を書いてくる人が多いのですが、生徒さんの模擬授業を見てみると、まだ教案に足りない部分があることが分かります。

 何が足りないかというと、「学生がこう答えるだろうという予測」です。例えば、
T:「きのう何時に寝ましたか?」
S1:「10時に寝ました」
という会話練習だと、学生1の答えを予測しやすく、教案に書きやすいものです。

また、「~ができます」という文型を導入したあと、
T:「ジョンさんはピアノを弾くことができますか?」
S2:「はい、弾くことができます」or「いいえ、弾くことができません」
という会話演習でも、学生2の答え(「はい」、または「いいえ」)は予測しやすいです。

しかし、「~ができます」という文型を導入した後、「助詞「が」+できます」を定着させるつもりで、

T:「マリアさんは何ができますか」
以下、学生に次々に質問していく。

のような教案を書いた場合はどうなるでしょうか。ここで抜けているのは「マリアさんの答え」です。先生が質問しているのですから、マリアさんは何らかの答えを言うはずです。マリアさんは何と答えるでしょうか。そして、そのあと次々に答える学生は、どんな答えを言うのでしょうか。さらに、それぞれの学生の答えに対して、教師はどうフォローをするのでしょうか。何らかの答えを想定しておかないと、授業の際に慌てることになります。

 もしマリアさんが、「何もできません」と答えたら、教師はどうするのか。質問を変えて再度マリアさんに聞くのか、それともマリアさんに何も言葉を返さず、他の学生に「何ができますか」と質問を続けるのか。このあたりまで考えておかないと、授業がうまく流れないでしょう。

 もし仮にマリアさんが何か特殊な能力(例えば手相を見る)を持っていたとしたら、「何ができますか」という問いに対して答えを言いたくなるでしょう。しかし、その答えはこの課までに学習する語彙には恐らく含まれていないでしょうから、マリアさんは「◯◯ができます」と言いたいところを我慢して、「日本語で分かりません」と答えるか、母語や英語で答えるかになります。どちらにしても、スムーズな練習ではなくなります。

 もしマリアさんを含め、学生が特に何かができるというわけではなかった場合は、学生の答えは「何もできません」が連続して出てきます。これでは、答えている学生もつまらなくなってしまいますし、肝心の助詞「が」を使う練習もできません。

 文型は、学生が発話することによって定着していきます。教師が教えるべき文型で質問するだけでは、学生にとっては聞く練習にしかなりません。学生の答えにその文型が含まれている必要があります。ですから、どんな質問をすれば、学生が「その日に教えるべき文型」を使って答えるかを考えて教案を書かなければなりません。練習内容が適切なものとなるように、学生の答えを予測する必要があるのです。

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