日本語学習者がテキストで勉強したり教師の指導のもとで学んだことがなく、日本で何年も生活しながら日本語を身に付けた場合、その日本語は不確かな文法で、丁寧体がうまく使えなかったり、方言を共通語だと思ったまま話したりということになりがちです。
このような方が日本語学校に入学した場合、まずはレベル分けテストを受けてもらうのですが、その結果は、初級レベルの文法が間違いだらけで、学校できちんと3ヶ月から半年ほど学習すれば身に付くことが身に付いていないということが明らかになります。本人はもっとできると思っていますが、テストの結果を示してまずは初級レベルのクラスに入ってもらうことになります。
こうして学習をスタートしてみると、本人はクラスのレベルがやさしいと感じているのですが、発話すると間違った文法が次々と出てきますし、同じところをテストで確認すると、やはり間違った答えを書いています。ですから、ここは上のクラスに移動したいのを我慢してもらって、クラスの中できちんとした文法を身に付けてもらいたいところなのですが、この正しい文法への修正というのはこちらが考えるほど簡単ではありません。
授業中は他の学生と一緒にパターン練習や会話練習をして、その時は正しく発話しているのですが、授業が終わって教室の外へ出るとすぐに元の間違った文法に戻ってしまうのです。日本の生活の中で身に付いてしまった文法的な誤りはそう簡単には抜けないようです。
「ある程度話せるようになっているのだから、あとは間違ったところを修正するだけで、きちんとした日本語を話せるようになるだろう」
というのが教える側の楽観的な予測なのですが、この修正は容易にはできないことが多いのが現実です。何年も間違ったままの日本語を使ってきて、反射的にその文法が出るようにまでなっているので、その習慣を直すのは困難です。
また、こういうタイプの学習者は使える文法が少なく、いくつかの決まった文法で会話をする習慣ができているので、文法自体は正しくても「この場面ではその表現を使わずに別の文法を使ったほうがいい」と感じられることがよくあります。
学校では毎日少しずつ新しい文法を学んでいくので、「この文法はこういう場面で使う」ということを教えるのですが、少数の文法で会話をすることに慣れている学習者は、新しく学んだ文法をなかなか使えず、つい、いつも慣れている文法を使ってしまうということになります。
今回は一度習慣化してしまったものを変えることは難しいという例をあげました。最初にきちんとした形を習慣化させてしまえばあとの苦労は少なくなるということが言えるのではないかと思います。
