教師養成講座の時間的制約

 日本語教師になろうとする人は、「学習者の既習の知識=0」から教えるトレーニングが必要です。しかし、教師養成講座では、教科書分析以外にも多くの分野について学ばなければならず、テキストの1課から順を追ってじっくりと分析していく時間がありません。

 教師養成講座では、言語学などの理論面と、実際に教壇に立って教えるための実践面を学ぶ時間に大別されています。後者は学校によって「実践」「教授法」「実習」「演習」などいろいろな名称が使われています。ここでは、かりに実践としておきます。この実践に多くの時間を割いている学校もあれば、理論面に多くの時間を割いているところもあります。

 実践の時間に、新人教師にとって最も大事な初級テキストの1課から前半ぐらいまでを時間をかけてトレーニングすれば良い勉強になるでしょう。しかし、養成講座は総合的な知識を学ぶところですから、この実践の時間内に、初級、中級、あるいは上級までを含めて、それがどんな学習なのかを急ぎ足でやってしまわないといけないという事情があります。
 また、実践の時間には、講師による教え方の講義を座って聞くだけでなく、実際に受講生が教壇に立って教える場合もあるでしょう。これは、ただ講義を聞いているだけよりは良いトレーニングなのですが、「学習者の既習の知識=0」から教えるという点から見れば、まだ不十分です。

 たとえば、一人の生徒が1課を教える練習をするとします。その場合、20分間練習して、その後にクラス全員でコメントやフィードバックなどに30分時間をとるとすると、1時間で一人しか練習できません。しかも、1つの課の中には、教えるべき項目が複数入っているのが普通ですから、1課だけを終えるのに何時間もかかってしまいます。そこで実践の時間では、1つの課の中の重要項目だけを選ばざるをえなくなります。
 さらに、教壇に立って練習をする場合、もし、クラスに10人の生徒がいれば、10人全員に公平に練習する機会を与えるため、

1課・・・Aさん、2課・・Bさん、3課・・・Cさん

というように教える課を割り振っていきます。実はここが一番の問題点になります。こういう割り振りをすると、1課に当たったAさんは、1課の自分が当たった項目を一生懸命予習し、実際に教壇に立って教え、その後フィードバックを受けるという経験ができます。しかし、残りの学生はAさんの教え方を見てコメントをするだけになるので、Aさん以外は1課を教える経験をしたことにはなりません。
 ですから、残りのBさん以降は、1課を教えるとはどういうことなのかということを十分理解することなく教えていくことになります。またせっかく1課を教える経験をしたAさんも、次の自分の教壇演習の順番が来るまでは教壇に立たないので、1課が次にどうつながっていくかを経験することはできなくなります。

 このように時間的な制約がある養成講座では、新人講師にとって最も大事な、「学習者の既習の知識=0」から順を追って教えていくというトレーニングが不十分にならぜるを得ません。

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