日本語の文法を客観的にとらえる

知識を教える仕事、知識労働者に必要なのは、

「既存の知識に新しい知識を与える」

という技術です。日本語教師も知識労働者ですから、学習者が持っている知識に新しい知識を与えるという技術を身に付けなければいけません。この技術の一番基本的な部分は、

「学習者にとって何が既存の知識で、何が新しい知識なのか」

ということを教える側が理解しておくということです。もし、その理解がないままに教えてしまうと、小学1年生に、小学5年生レベルのことを教えるのと同じことになり、授業に失敗する結果になります。
 ところが、日本語母語話者が日本語を教える場合は「何が既存の知識で、何が新しい知識なのか」を理解するのが難しいという問題があるのです。そこで、ここからは日本語母語話者が日本語を教えるという前提で話を進めます。

 日本語母語話者である日本語教師は、日本語の文法を意識せずに身に付けています。言い換えると、日本語教師は、日本語に対して、義務教育で英語を身に付ける時のように、文法を客観的に見て、1つ1つ順番に学習していく、というような覚え方をしていないということです。いつのまにか自然に文法を覚え、日常は文法を意識せずに日本語を使っている、というのが日本語教師の感覚です。ですから、日本語の文法を改めて眺めて見た時に、どこが難しくて、どこがやさしいのかが分かりません。

 日本語の文法の何が難しくて、何がやさしいのかが分からなければ、学習者に対して、「ここは難しいから丁寧に教える」とか、「この文法とこの文法は間違いやすい」という感覚を持って教えることはできません。ですから、日本語教師は意識的に日本語の文法を勉強して理解しなければいけないのです。

 日本語の初級レベルの文法問題を日本語母語話者が解いてみれば、間違いなく満点がとれます。しかし、では、なぜこの問題の答えがこれではダメなのか、と言われてみると、まったく答えられないのが、普通の日本語母語話者の感覚です。たいていは、「ここにこの答えを入れたら日本語としておかしくなるから」というぐらいの感覚しかありません。そこをきちんと、「こういう理由でこうだから、これが正解になる」という説明ができるようにならなければならないのです。
(実際のところは、日本語の全てを説明できるわけではなく、文法的に説明できないところもまだまだあるのが現実ですが、ある程度までは説明できるようになる必要があります)

 学習者の既存の知識とは、学習の初期段階では、理解して使えるようになった文法の部分です。日本語教師は、その文法の部分を、まず客観的に意識してとらえるところからスタートします。

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