メモだけでは足りない

 「聞いた」ことと、「聞いたことを実践した」のと違いは大きい、というのが昨日の話でした。実践すればするほど定着していく、というのがこれまで受講生を観察した感想です。
今回もその続きで、「聞く」段階について気がついたことを。
教師養成講座は教師志望者ばかりですから、ただ漫然と授業を聞くのではなく、みなさんいろいろな工夫を凝らしています。

○必死にテキストに書き込む。
○テキストに線を引く、マーカーを付ける。
○付箋を貼る。貼った付箋に書き込む。
○配布したレジュメの余白に書き込む。
○レジュメにも、赤線、マーカー。
○持参したノートに書き込む。
○ICレコーダーで録音する。

などなど、授業中にはいろいろな作業が行われています。一言一句逃すまいというぐらい、こちらが話したことをノートに書き込んでいらっしゃる方もいます。あとでその書き込みをしたノートを見せてほしい思うくらい、きちんとノートをまとめ、色とりどりの付箋やマーカーでビジュアル的にも工夫をされています。さらには各種ファイルを駆使して、項目別にレジュメを整理整頓されている方も。

こうして毎回の授業が進んでいくのですが、しばらく間隔が空いて、
「ところで、みなさん、この話は前にしましたよね。覚えていますか?」
と質問すると、なかなか答えが返ってきません。
「これはこういう意味で、これとそれとはこういうふうに違うところが大事なんでしたよね」
と少し復習してみても、教室では、そんな話は初めて聞いたという空気が流れています。そこで、
「この話は以前、ここの課でしました。テキストの○○ページを見て下さい。」
と指示し、受講生の方がそのページを開けます。するとそこにはあの熱心な書き込みが
あるのです。受講生はそれを見ながら、「ああ、それ、ここに書いている」という「発見」をすることになります。

 こういう光景は珍しいことではありません。あれだけ熱心にメモし、ビジュアルに訴えるように工夫したのにきれいに忘れられてしまうのです。なぜこういうことが繰り返されるのかというと、やはり、聞いただけでは(そしてメモしただけでは)定着しないからです(教える側としても、定期的に復習テストをすれば「表面的には」多少の定着はするでしょうが)。
やはり、学んだ知識を本当に身に付けるには、

学んだ知識をアウトプットする

のが一番ではないでしょうか。アウトプットしてこそ、あの熱心な書き込みが身に付くのだと思います。

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